2015年2月24日火曜日

手放すこと、コリを解放すること、想念


JR 総武線 下総中山駅 徒歩6分の小さなアロマサロン

アロマの手仕事のブログです。


こんにちは。

もう何年間も物が手放せなくて困っている私ですが、

今、ビックウエーブ(笑)が来ていると感じています。


手放したいのに、そのほうが気持ちが楽になれるのに。

頭ではわかっているので、

あとは何かきっかけさえあればなぁ、と思っていました。


で、見つけたのです、きっかけ。





あくまでも私の場合なのですが・・・

この本。
















呪いって・・・いかにも怪しげ(笑)


私はスピリチュアル的な考え方は苦手なのですが、

頂き物には相手の想念が乗っている

という考え方は以前からなんとなく持っていました。


それが「良く」も「悪く」も呪縛であるということに

この本を読んで気がついたのです。


「これ着てね。」

「これかわいいでしょ。持っててね。」

「これ、あなたに似合うと思うの。」

「これ、私が作ったの。あなたにあげる。」


「あなたのために」という顔をした「私のために」かもしれないし、

「私とあなたのために」という体の「私のために」かもしれないし、

単純に「私のために」かもしれないけど、

それがいいものでも悪いものでも、

相手をとらえる呪い(呪縛)には変わらないのです。


どんなに純粋な「あなたのために」でも、

その根底にはきっと「私のために」が存在していると思うから。


頂き物が悪いという意味ではないのです。

本当に気に入ったのであればありがたく使わせて頂けばいいし、

好みでないものであれば、

勇気を出して辞退する方が、

結果的に相手の気持ちを尊重することになるのだろうと思います。


あとでこっそり処分したり、

見るたびに「好みじゃないんだけど・・・」

と、心の中で悪態をつくよりもずっと。



時として、「頂く」という行為で相手を喜ばせたい時もあります。

その場合は、相手が喜んでくれた時点でその「物の役目」は終了したと判断すればいいのです。



頂き物だけではありません。

自分で購入した物もそうです。


買ったのに使わなかったという罪悪感、

お金を無駄にしてしまったという自己嫌悪、

高いお金を払ったのだから手放したくないと思う浅ましい思いが、

呪いとなって私を「物」にくくりつけていたのです。


息苦しい理由が腑に落ちたのです。





それは、物だけに限りません。

人間関係もそうなのだと思います。


もうこの先、絶対に連絡しないだろうなという人の名前を携帯電話の電話帳から

感謝の気持ちを添えて解放しました。


携帯電話はどこにいくにも持ち歩くものです。

その中に、もう永遠に連絡をすることもないであろう人の名前が刻まれているなんて、

おかしな話だと思ったのです。


物に想念が乗るのですから、

名前(を書いたもの)にも想念が乗るに違いないだろうと思うのです。


同様にfacebookの中も清算しました。





物を手放すことは正直、苦痛を伴います。

長年蓄積したコリを解放するときと同じです。


痛い痛い思いをしたくないなら、普段から「これは本当に必要なのか?」

と見極めて購入したり、

購入したら手放すときに罪悪感を感じなくて済むように

ちゃんと使わなくてはなりません。

そして、時には辞退する勇気を持つこと。

体で言えばセルフメンテナンスを怠ってはいけないということです。


物も人の体も、人の想念が表れるものだと思います。

どちらも大切にするために、出来るだけシンプルでありたいと思います。


また、今後は人様にプレゼントを贈るときにも、

相手に負担をかけないように今まで以上に気遣いをしたいと思いました。

しょせん、根底にあるものは「自分のため」なのですから。


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